東京高等裁判所 平成12年(ネ)3051号 判決 2000年10月17日
控訴人(被告) 株式会社一石
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 北川雅男
被控訴人(原告) 株式会社富士銀行
右代表者代表取締役 B
右訴訟代理人弁護士 今井和男
同 伊藤治
同 小西一郎
同 吉澤敏行
同 沖隆一
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
1 原判決6頁3行目から4行目にかけての「三洲産業に対し、」から同5行目末尾までを「東栄企画興業株式会社(以下「東栄企画興業」という。)に3,000万円を支払って、東栄企画興業から同額の敷金を承継し、さらに三洲産業に1,000万円の敷金を追加差入れし、敷金は4,000万円となった。」と改める。
2 同8頁7行目末尾に「また、三洲産業は平成元年から平成2年にかけて東栄企画興業に立退料2,500万円を支払っているから、株式会社トウコウ・イン(旧商号「株式会社トウコウ」、以下「トウコウ・イン」という。)が東栄企画興業の本件建物の賃借権を譲り受けた事実はない。さらに、三洲産業とトウコウ・インは、平成7年4月5日付けで本件建物について設定日を昭和59年4月1日とする事実と異なる内容の賃借権設定仮登記をしており、被控訴人による本件建物の競売を察知した三洲産業、トウコウ・イン及び控訴人が、結託して本件賃借権があたかも競落人に対抗しうる長期賃貸借であるかのように仮装しているにすぎない。」を加える。
二 控訴人の当審における主張
1 控訴人は、三洲産業との間で、平成10年1月23日相殺予約をしているのであるから、本件敷金返還請求権は差押え前に取得した債権に当たり、当然相殺を差押債権者に主張できるものである。
2 右相殺予約は、敷金返還請求権の期限の利益を放棄し、相殺を可能にしただけのもので、これが根抵当権設定登記の前にされたか否かによってその優劣を分ける根拠たり得ないものである。
3 根抵当権設定登記のみでは賃借人に対して何ら拘束力を持たないのであり、根抵当権者が賃貸借契約による制約に服すのは当然であって、賃借人が相殺を禁止されるいわれはない。
4 本件敷金返還請求権の内金3,000万円は、被控訴人の根抵当権設定登記がされた平成元年6月に先立つ昭和59年4月1日に、東栄企画興業が三洲産業に差し入れたものであって、しかも被控訴人は敷金返還請求権の存在を十分承知していたものであるから、相殺権の存在を覚悟すべきものであり、右相殺を認めない原判決は、第三債務者が自働・受働債権の対向状態により取得した正当な相殺の期待を全く無視するものである。
三 被控訴人の反論
1 敷金は賃借人の賃料その他債務不履行の担保として賃貸人に差し入れられるものであって、賃貸人が未払賃料等の損害を敷金から控除して返還することは可能だとしても、そもそも賃借人側から未払賃料を相殺することはできない性質のものである。したがって、敷金を差し入れたからといって、賃借人が正当な相殺の期待を有しているということはできないし、被控訴人が相殺権の存在を覚悟すべきいわれはない。
2 本件相殺の根拠とされている乙10号証の合意書には被控訴人が不動文字で記載されており、被控訴人による競売に照準を合わせて作成されたものにほかならず、本件は控訴人が三洲産業及びトウコウ・インと結託して行ってきた競売妨害行為の一環であり、極めて高い背信性が認められる事案である。
第三当裁判所の判断
一 本件の事実関係
前提事実及び<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができる。
1 三洲産業は、昭和59年4月1日東栄企画興業に対し、期間は同日から20年間、賃料月300万円、敷金3,000万円、使用目的は焼肉店とする約定で本件建物を賃貸した。
2 被控訴人は、平成元年6月28日三洲産業との間で、本件建物及びその敷地を目的とする極度額3億3,000万円の根抵当権設定契約を締結し、同月29日その登記をした。
3 トウコウ・インは、三洲産業との間で、三洲産業の承諾の下に東栄企画興業の右賃借権の譲渡を受けたものとし、敷金4,000万円のうち東栄企画から承継した3,000万円を控除した残額1,000万円を三洲産業に預託するとの内容の確認書(乙3号証の1)を平成2年3月31日付けで作成した。
4 トウコウ・インと三洲産業とは、平成5年10月1日、トウコウ・インが右賃貸借契約の敷金を6,000万円追加差入れする一方、賃料を平成7年1月から3年間月130万円に減額することを合意し、トウコウ・インは、同年12月7日及び10日各3,000万円を三洲産業に支払った。
5 訴外Cは、トウコウ・インに対し、平成5年12月7日及び10日各3,000万円を平成6年5月末に返済するとの約定で貸し渡したが、トウコウ・インがその返済をしなかったので、協議の結果、6,000万円の弁済に代えて本件建物の賃借権及び営業権をトウコウ・インから承継することとなった。
6 Cは、平成8年4月1日控訴人を設立し、平成8年5月31日、三洲産業及びトウコウ・インとの間で、控訴人が本件建物賃借権をトウコウ・インから承継し、三洲産業がこれを承諾すること、控訴人はトウコウ・インに対し本件賃貸借契約の敷金に相当する1億円を、三洲産業に対して賃借権承継承諾料として400万円をそれぞれ支払うとの内容の賃借権確認等に関する合意書と題する書面(乙6)を作成するとともに、三洲産業との間で、本件建物について期間は平成8年5月31日から平成16年3月31日までの8年間、賃料は月130万円とし毎月末翌月分払い、敷金1億円、使用目的を焼肉店とする賃貸借契約書(乙9)を作成した。右契約書には、第12条として、不動文字を用いて、賃貸人は、賃貸借契約が終了し、賃借人から建物の明渡しを受けたときは、その明渡しと同時に、敷金から延滞賃料及び損害賠償金を差し引いた残額の敷金を賃借人に返還する旨記載されている。
7 控訴人は、本件賃貸借契約に関し、平成10年1月23日付けで賃貸借条件変更に関する合意書と題する要旨以下のとおりの内容の書面(乙10)を作成し、同年2月17日これについて確定日付を取得した。
(一) 賃料を平成10年1月分以降月120万円とする。
(二) 償却後の敷金が9,300万円であることを確認する。
(三) 三洲産業は、控訴人の本件建物に対する賃借権は、三洲産業と東栄企画興業との間の昭和59年4月1日成立の賃貸借契約がトウコウ・インを経て控訴人に承継されたものであって、被控訴人の根抵当権より優先されている事実上準永久的な賃借権であることを確認する。
(四) 控訴人は、本件建物について被控訴人から抵当権実行(差押)及び第三者からの差押があった場合、右競売事件終局に至るまでの間は、その間の月額賃料支払方について、預託してある敷金9,300万円の返還請求債権と同額を、その都度の相殺をもってこれを充当することができるものとし、その取扱方はその時点で当事者が協議して定める。
8 被控訴人は、東京地方裁判所に対し、本件根抵当権に基づく物上代位として、三洲産業の控訴人に対する本件賃貸借契約に基づく賃料債権のうち、差押命令送達の日以降に支払期の到来する分から3,000万円に満つるまでのものについての差押えを申し立て、平成10年7月23日その差押命令を得た。右差押命令は、同月25日第三債務者である控訴人に、同月30日債務者である三洲産業に送達された。
9 次いで被控訴人は、本件建物について不動産競売の申立てを行い、それに基づいて東京地方裁判所は、平成10年7月27日競売開始決定を行い、同月29日それに基づく差押えの登記がされた。
二 争点に対する判断
控訴人は、本件建物に係る敷金返還請求権に係る債権を自働債権として、三洲産業との間で合意した相殺の予約に基づき、被控訴人が差し押さえた賃料債務とその対当額において相殺予約を完結する旨の意思表示をした旨主張する。
よって検討するに、抵当権者が物上代位に基づいて抵当権設定者の有する賃料債権を差し押さえた場合において、第三債務者がその債権者すなわち抵当権設定者に対して反対債権を有するときは、相殺をもって対抗できることとなるが、その債権が差押え後に取得されたものであるときは、右相殺を差押債権者に対抗できないこととされている。すなわち、第三債務者は、差押えのときまでに取得していた債権に限って、これを自働債権とする相殺を差押債権者に対抗することができるのである(民法511条)。そこで、以下においては、控訴人が自働債権として主張する敷金返還請求権に係る債権の取得時期について判断する。
控訴人が自働債権として主張する敷金の返還請求権は、一般に賃貸借終了後家屋明渡がなされた時に、賃貸借存続中の未払賃料のみならず、賃貸借終了後目的物明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金その他の賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得することのあるべき一切の債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき発生するものと解すべきものであり(最高裁判所昭和48年2月2日第二小法廷判決民集27巻1号80頁)、前記認定のとおり、本件賃貸借契約においてもこれとほぼ同趣旨の条項による合意がされているところである。そうすると、控訴人の主張する敷金返還債権は、賃貸借契約終了後に残額が存することを停止条件とする債権にすぎず、しかも三洲産業と控訴人との間の賃貸借契約は現時点においても継続中であるというのであるから、被控訴人の本件差押え時点においては、条件が未成就であって、これを自働債権として相殺するに由ないものであり(破産法99条参照)、民法511条との関係では、差押えまでに取得した債権とすることはできない。
次に、控訴人は、三洲産業と控訴人との間で成立した賃貸借条件変更に関する合意書に基づく相殺を主張するので、以下この点について判断する。右合意書における賃貸人である三洲産業と賃借人である控訴人との間の敷金返還請求権についての合意の内容は、前記一の7の(四)に認定したとおり、本件建物について被控訴人から抵当権実行(差押え)又は第三者からの差押えがあった場合、右競売事件終局に至るまでの間の月額賃料について、敷金返還請求債権と同額をその都度相殺することができるというものであって、これにより三洲産業は、本件建物について被控訴人から抵当権実行(差押え)又は第三者からの差押えがあった場合には、三洲産業が敷金について有していた前記のような自己の利益を一部放棄し、その結果控訴人が右競売事件が終結するまでの間、月額賃料に相当する額の敷金返還債権を取得し、これを自己の賃料債務と、対当額で相殺する権利を取得したものと理解することができる。したがって、控訴人は、本件建物について被控訴人からの抵当権の実行(差押え)又は第三者からの差押えがあることを停止条件として、右の限られた限度での敷金返還債権を有するに至ったものというべきところ、被控訴人の本件差押えの時点では、条件が未成就であったから、民法511条との関係では、差押えまでに敷金返還債権を取得したものとすることができないことは、前に説示したところと同様である。なお、本件においては、本件差押え後に至って、本件建物について被控訴人の申立てによる競売開始決定及びこれに基づく差押登記がされたことは前に認定したとおりであるが、右の事情は、控訴人主張の敷金返還債権が本件差押え後に取得されたものと認定する妨げとなるものではない。
以上のとおり、本件においては、控訴人が主張する敷金返還債権は、いずれも本件差押え後に取得した債権というべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の相殺の主張は理由がないものといわざるを得ない。
三 結論
以上の次第で、被控訴人の本件請求は理由があるからこれを認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森脇勝 裁判官 池田克俊 藤下健)